クリニカルパス

Clinical Pathway or Critical Pathway

 クリニカルパス(以下パス)は1980年代に米国のKaren Zanderらによって工業系の工程管理手法を基に医療用に開発された。当初は予定表的な使用が主であったが,次第に目標管理,即ちアウトカムを明確にしたパスが開発され始めた。わが国では1990年代から研究が始まり,その後,先進的な病院によるパスの開発,普及が始まった。2014年,日本クリニカルパス学会ではパスを「患者状態と診療行為の目標,および評価・記録を含む標準診療計画であり,標準からの逸脱(バリアンス)を分析することで医療の質を改善する手法」と定義し今に至っている。

 パス以前の医療では,個々の医療者によるばらつきが多く,経験に根差す医療行為が主で,その治療内容の詳細を外部から伺い知ることは困難だった。こうした状況では情報共有もできず,チーム医療は十分に機能しなかった。しかも治療の良し悪しを比較する物差しもなく,医療の質を改善するPDCAサイクルもうまく回らなかった。特に閉鎖的でヒエラルキーの強い組織ではパスの理解が進みにくかった。

 パスは作成段階からチームで関わり,EBM(Evidence Based Medicine)やガイドラインを取り入れることで,より標準的な治療が導入され,さらにプロセスを見直すことで質が高く効率的かつ安全な医療が期待できる。パスの概念の中で最も重要なものが「標準からの逸脱」という認識,つまりバリアンスであり,従前の医療管理と本質的に異なる優れた改善手法と言える。バリアンスは「アウトカムが達成できない状態」と定義され,患者状態が目標範囲から外れたり,適切な医療行為が行われなかったりした場合を指す。例えば術後1日目の体温を37.5℃以下と設定し,実測値が38℃であれば,バリアンスと判定する。痛みがNRS(numerical rating scale)3以下と設定し,4以上であれば標準から外れつつあることを判定できる。このような標準的な目標や観察項目,判定基準を設定する作業の段階で,なぜこの時期にこの診療行為が必要なのか,またこの診療行為そのものが必要なのかなどの議論が行われ,かつ誰がどのような形でいつかかわるかなども共有でき,チーム医療の土壌が培われる。また,DPC/PDPSが始まり,ただでさえ長いわが国の平均在院日数の短縮にも標準化された医療であるパスは有効であった。上記は医療者用のパスであるが,このようにしてできたパスを絵文字や写真でわかりやすく表現したものが患者用パスであり,informed consentの一環として,多用されている。また,医療者のパスを施設間で連続して使えるようにしたのが連携パスである。

 パスの運用は従来,医療記録同様に紙媒体で行われていたが,現在では電子カルテが普及しつつあり,パスの機能を電子的にどのような形で取り込むかが課題となった。とりわけ重要なバリアンスの認識や記録をデータとして二次利用するためには入力系の制御が極めて重要である。このためパス学会では患者状態のアウトカム表現を構造化したBOM(Basic Outcome Master)を作成した。今後の電子化の大きな課題はデータ活用であり,マスターや運用規約はいわば情報インフラの基盤のため,早急な整備が求められている。

 ビッグデータの形成にはクリーンなデータをいかに効率よく収集できるかが重要であり,データ収集の基盤ができれば,解析が加速度的に進み,診断支援,新薬創出,患者個別医療の提供,大規模共同研究,最終的にはAI(artificial intelligence)につながる。パス学会では新たに診療プロセスを管理するパス認定士制度を開始したが,パスの作成からバリアンス分析まで一連の過程を包括的に理解,支援し,PDCAサイクルを回すためのデータ活用ができる人材育成に取り組んでいる。

【関連用語】

平均在院日数,バリアンス,医療の質,EBM,DPC,標準化,インフォームド・コンセント,連携パス,PDCA